日本に遺跡と呼ばれるものはいくつあるかご存知ですか?

なんと2万件を超えるそうです。その中には過去の定説を覆すものも多いとか。例えば稲作は弥生時代に朝鮮半島から伝わって…と私は教わっていましたが、どうもそれは間違いで5千年前縄文遺跡から水田の跡がはっきりと発掘されています。当時の定住型狩猟採集と併用していたんですね。

ご存じのように稲作水田は収益性の高い農耕方法で、当時としても安定的に食料が確保できるのは有難かったはずなのに、あえてそれを発展させなかった。あるのは知っていて、作る技術もあるのに主流にならなかった。…何故でしょうか。

ここからは私の憶測ですが、主な理由はふたつあり、ひとつは水田稲作は労働時間がながく、手間ひまがかかって楽ができないこと。ちゃんと食べれるなら誰だって楽な仕事の方がいいですよね。

ふたつ目に、その頃の生活環境や衛生状態を考えると、水辺の生活や水辺の作業は今よりずっと危険だったはずです。自然が豊か=危険生物・寄生虫・地方病が多い。地域によっては厄介な寄生虫などからの病気感染が多く、長生きできなかった。

これが理由だと確信をしていますが、正解はともかく、こんな想像ができること自体がが古代ロマンですね。
(文=ダイスケ)