3月3日の雛祭りは、女の子の健やかな成長と幸せを願って雛人形を飾り、菱餅や桃の花を供えて白酒で祝う行事。

この起源、平安朝の貴族は、古代に幼児のお守りにした人形(ひとがた)に中綿を入れたぬいぐるみ風の人形で、男女区別もあり衣装も美しい「お雛あそび」をしていたのだそう。もう一つの起源は、3月上旬の野あそび、磯あそびで、老若男女が川辺や磯辺で過ごした後に一緒に食事をするもので、お遊びではなく、本格的な農事が始まる前の春の儀式だったとか。

同様に、中国の古い言い伝えから、3月上巳(じょうし=最初巳の日)は忌むべき日で、家の中に居ると災難が降りかかってくるといわれ、老若男女すべてが家を出て磯辺で禊(みそぎ)をする風習が日本に伝わり、平安朝の貴族は、この日にお祓いをしてもらい、形代(かたしろ)という紙で作った人形に穢れを託して川に流した事から、その後、「流し雛」として今日にも伝えられているのだそうです。

雛祭りのご馳走に、蛤やあさりがつきものなのは、磯あそびの頃からの習慣のようですね。そして、3月上巳の祓いは、後に3月3日に統一され、江戸時代に五節供の一つに定められ、元禄の頃に雛人形と呼ばれ、明治以降に全国的に広まったということです。さて、現代のお雛祭りも時代と共に進化しつつ、、、ありますが、女の子の居るお家では、春の訪れを感じながら、一気に華やぐ気分になりますね。そして、どこのお宅にも、そのお家なりの伝統らしきものがありますでしょう。

私の雛祭りの思い出は、いつも、祖母のお手製の五目ちらし寿司でした。そのレシピを母が受け継ぎ、更に私も何とか受け継ぎ、、、子育てで忙し過ぎる時は、「すし太郎」や「すしのこ」などの手?を借りたこともあったものの、娘が成長し、「やっぱり、ママのお手製が食べた〜い!」と言われると、お手製全課程を頑張ったものです。(子供は舌で味を覚えている!)

先日、息子夫婦が1歳の娘を連れて来たので、孫へのお雛祭りのお祝いとして久々に力が入り(笑)、具材を刻んでそれぞれ煮て、卵も焼いて冷まして錦糸卵に。具材を刻みつつ、思い出すのは祖母や母の調理姿。すし酢は、舌が覚えている先代の味に近づけ、飯台でご飯をウチワで冷ますのはジィジ(我が夫)の出番!そんな手間暇かけた完成品に最初にありついた孫の横で、「ママ、美味しそうによく食べてますよ〜!」と言ってくれた嫁の優しさに癒され、「ママの手作りが一番だよね!」というジィジの下心付きのお世辞、息子の一言「うまい!」にも嬉しく…伝統継承は手間暇かかるものの、先代の愛情を家族で分かち合える何とも嬉しい幸せな体験になるものなり。
(Hitomi)