「エベレストの朝」(佐藤克己氏所蔵)

今回のエベレスト街道トレッキングは今までの国内トレッキングとは別物でした。

山脈のスケールの雄大さ、そそり立つ岩峰の大迫力。厳しい自然の中で暮らす人々の生活や心にしみ込んでいる仏教。すべてが今感動とともに蘇ります。

ネパールの首都カトマンズからルクラのヒラリー空港まで20人乗りの飛行機で向かう。機内からの山脈は雪と氷を頂いた8000m級の山々が延々と連なる信じられない景色が広がっている。ヒラリー空港はその短く傾斜した滑走路から世界で最も高度な技術が必要とされる空港の一つである。着陸時は山腹に突っ込むのでは、離陸時はそのまま崖下に落ちるのではないかと思うほどであった。

ルクラのヒラリー空港の滑走路。飛行機が下に向かって滑走していこうとしている(普通は水平)。崖に向かって離陸するのは中々にスリルを感じる。

無事に到着すると、いよいよルクラからのトレッキングの始まり。エベレスト街道のゲートをくぐると直ぐ急勾配の不規則な階段を下り、また昇る。この繰り返しと細い山道をヤクに似たゾッケという牛やロバに道を譲りながら大小の集落を通り抜けていく。集落の入り口には邪気を寄せ付けないための立派なゲートがあり、天井には美しい曼荼羅が描かれている。

エベレスト街道では岩だらけの山道を荷物を背負ったヤクやロバの列が行きかう。ここでは登山客よりも地元民が優先で歩く

また、街道には経文の描かれた大小のマニ石やマニ車がある。マニ車を手でひと回しするとお経を一巻唱えたこととなる。途中にはゴンバと呼ばれる仏塔もあり、一つの集落を越える毎にゲートを通りマニ車に触れマニ石を眺めながら歩くことにより、身も心も清められていくのを感じた。

また、ルンタと呼ばれる経文の書かれた五色の小旗が沢山つけられた吊り橋をいくつも渡って行く。最後の長いつり橋を渡り急坂を登ると標高3440mのナムチェバザールに着く。ここには清い水路があり大きな水車に大きなマニ車が回っていて、水場では女性たちが和やかに洗濯物をしている。エベレスト街道で一番大きな村で、週に一度バザーが開かれる。

街道を歩き始めて4日目、ナムチェからさらに急坂を登り今回の目的地であるシャンボチェの丘(標高3880m)に着く。ここに雲上のホテルエベレストビューがある。創設者の宮原氏は一人でも多くの人にエベレストを見てほしいと念願し数々の苦労の末、ネパール政府の協力も得て建てられたホテルである。ホテルの周りは360°ヒマラヤの山々が見渡せる。

朝夕に輝く神々しい山嶺、青空に雪と氷を頂く雄姿。正面にはエベレスト(8848m)、ローツェ(8516m)、右手にアマダブラム(6856m)、タムセルク(6608m)、後ろにはコンデリ(6186m)、左手にはクーンビラ(5761m)。この山はシェルパ族にとって神の山として登ってはいけない山とされている。まさに神の住む世界、ただただ五感全機にてこの世界に溶け込むばかりである。中でも氷に覆われた山頂に夕日が当たった時の輝きはまるで山自体が発光しているかのようなまぶしさに衝撃を受ける。

あまりに神々しい雄姿に筆を走らす事ができなかったが、時間とともに変化していく景色の中で、柔らかな世界を見せてくれた時、初めて筆を執ることができた。この時に描いた絵が今回の絵「エベレストの朝」である。4年経った今でも昨日のことの様に脳裏に浮かんでくる。

次回は天空のつり橋の絵と街道について、また人々の暮らしから感じたことを中心にお届けしたいと思います。(田邊昭)